第1章では、掴みづらい「サステナビリティ経営」のポイントを示すとともに、日本企業のサステナビリティ経営がどのような道筋を辿って、現在どこに位置しているかを分析していきます。
日本企業の「サステナビリティ経営」はSDG Compassと深い関係があると考えています。SDG Compass は2016年3月にGRI(Global Reporting Initiative)、国連グローバル・コンパクト(UNGC)、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)の3団体が共同で作成した企業向けのSDGsの導入マニュアルのようなもので、発行から7年以上経った現在も使われ続けている極めて影響力の強い文書です。
SDG Compassでは5段階のSTEPと各STEPに極めて秀逸な概念やフレームワークが示されているのですが、2016年から改訂がされておらず、手順通りに進めると思わぬ落とし穴にはまってしまうのです。その落とし穴が企業のサステナビリティ経営の在り方にどのような影響を及ぼしたのかについて詳細に解説していきます。
第2章では、SDG Compassによる弊害も含めた「サステナビリティ経営を阻害する要素」について掘り下げていきます。
もっとも重要なポイントは、「社会課題」と「顧客課題」を整理し区別することです。日本では「社会課題」と言われても明確なイメージがしづらく、「顧客課題」を無理やり「社会課題」に結びつけようとしてしまいがちです。
また既存事業にフォーカスし、その延長線上にパーパスやマテリアリティを設定してしまったケースも散見されますが、実はこれは「サステナビリティ経営」にとって大きな足枷となってしまっているのです。
こうした「サステナビリティ経営」を停滞させる一連の課題や足枷を本書のタイトルである「サステナビリティ経営のジレンマ」として整理しました。
「サステナビリティ経営のジレンマ」は、「経営理念のジレンマ」「経営計画のジレンマ」「事業合理性のジレンマ」「経済合理性のジレンマ」「経営資源のジレンマ」の5つに大別されます。本章では、5つのジレンマの正体を明らかにしていきます。
第3章では、第2章で確認してきた「サステナビリティ経営のジレンマ」をどのようにして乗り越え、「サステナビリティ経営」をいかに本来のコースに戻すかについて解説します。
既存事業の延長線上でマテリアリティを設定していたり、統合報告書を作る際にとってつけたようにマテリアリティを決めたりしていた場合は、マテリアリティの再定義が必要です。また、社会課題にフォーカスしたパーパスがない場合は、パーパスの発掘も重要となります。マテリアリティとパーパスを磨き上げた上で、社会課題解決型事業を創出することができれば、「SDGsのワッペン貼り」と揶揄されることもなくなり、「サステナビリティ経営」の王道を進ことができるのです。
第4章では、意外と知られていないCSVの全容をご説明します。CSVには「製品と市場のCSV」「バリューチェーンのCSV」「ビジネス環境のCSV」という3つのCSVが存在しますが、多くの方は「製品と市場のCSV」の一部分しかご存じありません。本書ではこれらの3つのCSVをわかりやすく紐解いていきます。
また、ありがちな抽象論に終始せずに、私自身が実践してきたメンバーズでの「サステビリティ経営」を具体的な事例としてご紹介します。
メンバーズ社の取り組んだサステナビリティ経営は、2011年にマイケル・ポーターらが提唱したCSV(Creating Shared Value)の創出でした。「気候危機」という社会課題を本業の「デジタルマーケティング」で解決するという斬新なストーリーは、今振り返っても秀逸なモデルだったと思います。実に様々なCSVを創出し、企業価値向上に結びつけることに成功した日本における「サステナビリティ経営の稀有な成功事例」と言えるのではないかと思います。
第5章では、実際のCSV経営の実践で培い、企業コンサルティングの中で体系化してきたノウハウをもとにCSVの具体的な創出メソッドをご説明していきます。
CSVは、「社会課題」と「顧客課題」を統合し、イノベーションを起こすことによって創出されます。
さらに統合報告書などには必ずと言ってよいほど登場する「価値創造プロセス」においてCSVがどのように表現されているかを分析しながら、ESG経営という視点では欠かせないファイナンスにも触れていければと思っています。
本章は、価値創造プロセスのフレームワークや企業事例を分析することで、統合思考の観点から「サステナビリティ経営」の本質的な理解を深め、自社の取り組みについて、どのような観点が不足しているのかということをご理解いただけるような構成にしていますので、統合報告書を発行していない企業の皆さまにも参考になるのではないかと思います。
また、上場企業に皆さま向けには、2026年3月末以降の有価証券報告書からの開示基準となる可能性が高いISSB基準についての解説も織り交ぜていきたいと思います。
第6章では、「人的資本」と「生物多様性」の2つのテーマを取り上げます。
「人的資本」は2023年から一部の情報開示が義務化されたこともあり、企業の注目が高まっているテーマです。ただし、情報開示に意識が偏りすぎており、最も重要な「経営戦略と紐づいた人材戦略の構築」まで辿り着いていないのが現状です。本章では、経営戦略と人材戦略を紐づける具体的な手法を示し、企業規模に関係なく人的資本経営にシフトするためのノウハウやフレームワークを示していきたいと思っています。
「生物多様性」は人類の存亡に関わる最大のテーマです。それにも関わらず、まだ具体的な課題やリスクはあまり理解されていません。
本章では、生物多様性が求められる背景や、生物多様性に取り組む上での基礎的な考え方をご紹介していきます。世界的な潮流や行政の動きなど、ビジネスに絡めた取り組みを行う上で把握しておきたい情報を網羅して解説していければと思っています。